日露関係ゆかりの地

北海道 小樽

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旧 日本郵船小樽支社 


 1905年9月のポーツマス条約で樺太南部が日本領になったため、1906年11月13日、条約に基づき国境画定会議が2階会議室で行われた。




小樽郵便局


 戦時中、小樽は船舶輸送部隊である陸軍暁部隊の拠点となり、サハリン・千島方面の陸軍基地と部隊への物資補給を担った。昭和18年8月10日、陸軍在千島諸島部隊に軍事郵便の取扱が開始されたとき、宛名は『小樽郵便局私書箱第○号』とするものだった。
 ただし、北千島に置かれた占守島の擂鉢郵便局などは、函館郵便局の分局。





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