日本人のための尖閣諸島史 斉藤道彦/著 双葉社 (2014/1)
 
読むことを勧めるわけではない。


 



タイトルは、「日本人のための尖閣諸島史」となっている。「日本人のため」とは、どういう意味で、著者は使っているのか、考えながら本を読んでみた。
 
 読み出すと、最初のページに、最近の尖閣問題の説明で「中国公船による領海侵犯が繰り返され」と書かれている。国際法上、領海は、無害通航権があるの で、領海に進入したからといって、直ちに領海侵犯となるわけではない。実際に、ニュース等でも、「領海進入」とは言うが「領海侵犯」とは、通常は言わな い。中国公船は日本の主張する領海に進入しているが、領海侵犯が繰り返された事実はないだろう。いきなり、ずさんな記述で、読む気が失せる。
 
 読み進めると、その懸念はあたってしまう。琉球史の記述で、あきれた。書き出せばきりがないが、一例を挙げると、P26に「琉球王国は江戸時代、薩摩藩 に属しながらも清朝との冊封関係をやめなかった。こうしたどっちつかずの外交は明治時代も続いていて、・・・」とある。江戸時代、琉球王国が薩摩藩の支配 下にあったことは事実だが、薩摩藩に属していたわけではないし、清朝との冊封関係は、「どっちつかず」というものでもない。こんな本を読むのではなくて、 まともに琉球史を扱った本を読むべきだろう。
 
 日本が、尖閣領有の正当性を主張する根拠は、尖閣が、日清戦争以前は「無主の地」であったということに尽きる。「無主の地」の説明もあきれる。
 P69に「ところが、前近代の世界では『無主の地』はたくさん存在した。一例をあげれば、樺太も日ロ間で1875年に樺太千島交換条約が締結されるまで はそうだった。」と書かれている。1855年の日ロ和親条約では、樺太を日ロ間で分ける交渉がまとまらなかったので、両国間で界を分かたず、これまでの仕 来り通りにしたのであって、無主の地だったわけではない。1875年条約以前に、日ロ以外の第三国が樺太を強奪してもよいなどという主張は成り立たない。
 著者は、厳密にどこの国の領土か定まっていなと、難癖をつければ、日本が強奪しても良いと思っているのかもしれないが、そんな強盗の論理が国際社会で通用するはずもない。
 なお、日ロ和親条約については、以下を参照ください。
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/18550207J1.htm
 
 サンフランシスコ条約前後、米国は尖閣諸島に対する日本の潜在主権を認めていたとの記述がある(P43〜P45)。確かにその通りだろう。同条約で、沖 縄はアメリカ支配地域になったのだから、なるべく広い範囲をアメリカ支配地域に組み込もうとするのは、アメリカの利益を考えれば、当然のことだ。当時、中 国は共産政権が誕生して、アメリカとは敵対関係にあったので、アメリカが中国に尖閣を引き渡すとは、考えられなかった。
 ところが、沖縄返還の頃になると、中ソ対立が激化し、アメリカの対中政策は大きく変わる。このとき、日本政府は、アメリカに対して、尖閣が日本領であることを認めるように要請するが、アメリカはこれを拒否して、中立の態度を取った。
 結局、米国は自国の権益は守るけれど、日本の領土問題には口出ししないとの立場だ。サンフランシスコ条約前後の米国の考えを説明するのは良いが、最終判断を書かずに、日本に都合のよいことだけを書いても、正しい理解はできないはずだ。

 この本は、日本に都合のよい事実だけをつまみ食いし、日本の主張が正当であるかのように書かれている。尖閣問題に詳しい人が、日本に都合のよい事実だけ をまとめてみるのならば、それもよいだろう。しかし、この本は、初学者向けに感じる。尖閣問題にあまり詳しくない人が、この本を読んだのでは、正しい理解 は不可能だろう。


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