尖閣問題参考書

ロバート・D・エルドリッヂ/著、吉田真吾・他/訳
『尖閣問題の起源 沖縄返還とアメリカの中立政策』名古屋大学出版会 (2015/4)





 アメリカは沖縄返還とともに尖閣の施政権を日本に返還した。現在、尖閣が日本の施政下にあることを認めているが、領有権に対して、中立の立場を崩していない。本書は、このようなアメリカの態度は、沖縄返還以前から続いていることを明らかにし、その経緯を詳細に追っている。
 と、まあ、本書を一言で紹介すると、こうなるのだけれど、領土の領有権は関係当事国間で決めるものなので、アメリカの態度は特に奇異なものではなく、本書においても、領有権に対してアメリカが中立的態度をとったいきさつが明らかにされているわけではなくて、初めからそうであったかのような記述になっており、当たり前のことを、資料を基に繰り返し説明しているようで、余り興味が持てなかった。

 著者は日本人ではないので、日本の領土問題や日本史に対する知識が貧弱のようだ。P221あたりに、台湾で発行された地図に、尖閣と台湾の間に国境線が引かれている地図があることを理由に、奥原敏雄説を参考に、次のように書いている。

地図などが公式の刊行物として出版されていたことは、それらが中国政府と国府の承認を受けていたことを意味しており、したがってその内容は、両政府の立場を反映していた。国府と中国は、その立場を撤回することはできないにもかかわらず、一九七〇年以降、尖閣諸島への日本の領有権の主張に挑戦しようとしたということになる。

 日本でも、文部省検定済み教科書に国後・択捉がソ連領となっている地図は珍しくないし、日本政府による国会答弁でも、国後択捉はサンフランシスコ条約で放棄した千島に含まれると説明していたことがある。だからと言って、このことを根拠に「国後択捉へのロシアの領有権の主張に挑戦しようとしたということになる」などとは言わない。

本書は5章と序章・結論からなる。

   第1章は、尖閣諸島の歴史的経緯が示される。内容は、奥原敏雄説の踏襲であって、特に目新しいものはない。奥原論文は、その後、日本政府の尖閣主張の元にもなっているので、時代とともに内容が訂正された、日本政府の主張を読むほうが良いだろう。このため、奥原論文を踏襲した本書の記述を読むべき理由は感じられない。本書を読むよりは、日本政府のパンフレットを読んだほうがよいだろう。

 第2章は米国統治下の沖縄・尖閣の話で、台湾住民が尖閣に上陸したときの沖縄統治軍の対応等が示される。この部分は、他書においても書かれているものが多いので、訳本ではない本を読んだほうが読みやすい。

 第3章は石油資源関連の話題。1970年前後、ECAFEが尖閣周辺海域で大量の原油埋蔵の可能性を伝えると、日本政府や台湾政府が周辺海底の原油掘削剣を主張するようになり、このことが契機となって、日本では尖閣の主張が脚光を浴びるようになる。当時、高橋庄五郎が幾つかの論文で指摘した内容と比較すると、特に目新しい重要なものはない。それに、1994年調査により、尖閣周辺海域の原油埋蔵量は、たいした量でないことが知られているので、この章の記述が、現在の尖閣問題を理解する上で重要であるとは思えない。

 第4章・第5章が本書の中心で、他章に比べてページ数も多い。米国公文書や関係者の後述記録などをもとに、沖縄返還協定批准承認ごろまでの時期に、米・日・台であった駆け引きなどを明らかにしている。米国の態度は、施政権を日本に返還すること、領有権には中立なこと、日台の対立を望まないことで一貫している。
 書かれている内容は、米・日・台ともに、よく知られたことなので、詳細な記述ではあるが、冗長な感じがする。現在の尖閣問題を理解する上で、はたしてどれほど必要な知識なのか疑問に感じた。


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