尖閣問題参考書
『領土喪失の悪夢: 尖閣・沖縄を売り渡すのは誰か (新潮新書)』小川聡/著、大木聖馬/著 新潮社 (2014/7)
読むことを勧めない。
本のカバーに次のように記されている。
『日本人が知らない危険な真実! 「尖閣問題は、先人の知恵にならい棚上げするのが平和への道だ」と説く総理経験者、大物政治家、元外交官。一見、もっともらしい言説には驚きの詐術が隠されていた。 』
本書の目的は、尖閣にたいして、日中間で棚上げ合意があったとする見解を否定し、さらに、これらの研究成果を中国に領土を売り渡す詐術であるとするものだ。本書の半分ぐらいで、尖閣棚上げを論じているが、論拠があまりにも、牽強付会な解釈で、読んでいて参考にならず、読むに堪えないと感じた。
日中国交回復のときに尖閣が棚上げされたことは、幾人もの論者の見解であり、このうち、『矢吹晋/著 尖閣問題の核心―日中関係はどうなる (2013/01) 花伝社』は綿密な取材に基づき、詳しい論拠を明らかにしている。一方、孫崎享氏は『日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (2011/5/11) ちくま新書』の中で、尖閣が棚上げされたと説明しているが、孫崎氏の本は、日本の領土問題全般を扱った新書版なので、論拠の詳しいことが省略され、そのエッセンスのみが記載されている。
本書は、詳細な矢吹晋の本ではなく、詳しい記述が省略された孫崎氏の本の、記述順序を問題として取り上げ、あたかも尖閣の棚上げ合意がなかったかのような説を繰り広げているが、稚拙な論拠に感じる。
孫崎氏の本では、周恩来と田中総理が「大同を求め小異を克服する」ことに合意したとの記述の直後に、尖閣の話題が書かれている。
本書では、周・田中が「大同を求め小異を克服する」ことに合意したのは、9月25,26日会談の話で、尖閣の話題は9月27日であること、および『小異』の話は、戦争状態終結問題の会談で出てきたため、尖閣は『小異』に含まれないとの説明をしている。
いくらなんでも、おかしな説明だ。戦争状態終結問題の会談中に、「大同を求め小異を克服する」ことに合意したのだから、小異に戦争状態終結問題が含まれることは確かだ。しかし、だからと言って『小異』が戦争状態終結問題だけであると考えるのは、いくらなんでも、無理がある。戦争状態終結問題の会談で、日中間で、小異があることが明らかになったので、「大同を求め小異を克服する」ことになったのだから、その後の会談で現れる『小異』についても、大同を求め克服することが合意されている。もし、『小異』に尖閣問題が含まれないと主張するなら、9月25,26日会談で、小異が戦争終結問題に限っていることが合意されていたのか、27日会談で、尖閣問題に対して日中間で見解に相違がないことが確認されたのか、こういうことを示す必要がある。
第2章は「沖縄独立論の陰に中国の存在」とのタイトルで、中国の脅威をあおっているが、そもそも、沖縄独立論など、まったく政治日程に登っていないマイナーな話題。沖縄独立運動が統一的な政治勢力になっていないので、沖縄独立論を唱える人の中には、中国と関係の深い人がいてもおかしくないが、そのことと、中国脅威とは異なる。
さらに、ロシアも中国を警戒しているとの主張もある。ロシアは長い国境があるのだから、国境警備をするのは当たり前で、警戒を怠らないのは軍人の務めだ。
第3章は著者の妄想だろうか。「尖閣で犯した米国の過ち」との項で、米国が尖閣領有権問題に対して中立的立場をとっていることを批判している。そもそも、国境線の画定は、関係当時国間で行うものであって、米国が決めることではないので、米国が中立的立場をとるのは、自然なことだ。米国の政治は米国の国益のために行われるのであるから、米国の態度は、国際法と米国利益に従っており、本書の著者の理論のために行われるのではない。
第4章は「中国こそ昭和史に学べ」とのタイトルで、日本に都合のよい歴史観を展開しているが、それはそれとして、中国が日本のA級戦犯の顕彰を批判にしていることに関連して、非常に奇妙な記述がある。
『中国が自分たちの撒いたプロパガンダを信じ込み、日本を戦争の道に引きずり込んだのが、極東軍事裁判で死刑判決を受けた東条英機・元首相ら7人・・・だけの仕業だなどと本気で思っているのだとしたら、それは愚かとしか言いようがない。・・・少しでも昭和史の書物を手にとれば、A級戦犯だけに戦争責任を押し付けることなどできないことはすぐわかる(P167)。』
これ、本気で書いているのだろうか。戦争にはいろいろな局面があるので、厳密に戦争犯罪を問うならば、かなり広範囲にわたってしまう。特に、最高指導者である、昭和天皇・裕仁は、ヒットラー・ムッソリーニと並び、犯罪者として断罪される可能性もあった。歴史の事実を言うならば、昭和天皇・裕仁が犯罪者であるとの見解に至るだろうし、A級戦犯以外に、戦争犯罪者が多数いることになるだろうが、それでは、日本の国家が存立しえなくなるので、中国を含む国際社会はA級戦犯以外の戦争犯罪は、原則として不問にしている。著者の書くように、中国がA級戦犯だけに戦争責任があると思っているわけではない。