2011年6月 高速増殖炉 もんじゅ 見学
高速増殖炉「もんじゅ」はプルトニウムを燃料として、金属ナトリウムを冷却材とする原子炉。
1994年4月5日、「もんじゅ」は臨界に達し、8月29日発電を開始したが、12月8日にナトリウム漏れ事故を起こし停止した。補修工事の後、2010年5月6日、試運転をするも、8月26日には中継器が落下して、それ以降停止している。
○エムシースクエア (もんじゅPR館) |
(予約なして見学可能) |
○ナトリウム取扱研修施設 | (事前予約必要) |
○保守研修施設 | (事前予約必要) |
○もんじゅ展望台 発電所内にある展望台 |
(事前予約必要) |
事前予約は、原則一週間前までに申し込み、入場時には身分を証明する書類が必要になる。
白木海岸から見た「もんじゅ」全景 | エムシースクエアから見た「もんじゅ」 |
もんじゅ展望台は撮影禁止。
2011年6月の土曜日の午後、直前に予約を取って、もんじゅを見学。エムシースクエアに電話して、見学申込書の用紙をMailで送ってもらい、必要事項を記入して返送。本当は、午前のほうがよかったけれど、他の予約が入っているということで、午後になった。申し込みは、原則1週間前なのだけれど、直前でもOKだった。
約束の時間にエムシースクエアにつき、身分証明書として、パスポートを受付嬢に提示。それから、担当の金城さんの案内で、エムシースクエア、ナトリウム取扱研修施設、もんじゅ展望台と見学した。
最初に、15分ほど、もんじゅPRの3D映画を鑑賞した後、エムシースクエアを見学。ここは、予約なしで、見学可能だ。
炉心の模型。
見学したときは、左側にある、炉内中継装置が引き抜けなくなっていた。
「もんじゅ」は炉心冷却にナトリウムを使うことに特徴がある。通常の、水で冷却する原子炉では、非常時に、カメラを内部に入れて、内部を見ることが可能だ。しかし、「もんじゅ」では、ナトリウムで満たされているので、内部を直接見ることはできない。非常事態が生じたときの安全性に、大きな障害になる原子炉といえるのではないか。
1次ナトリウム主配管の模型。ステンレス管。
外形が800mmを超えているのに、肉厚は、わずか11.1mmと薄い。
内部のナトリウムが冷えると、熱伝導率の違いから、ステンレスの外側が高温で、内側が低温になるので、肉厚を厚くすると、良くないのだとか。
しかし、これでは、耐震強度など、強度が低下し、安全性の余裕度が少なくなるだろう。この模型だけでも、高速増殖炉は、技術的に時期尚早に思える。
エムシースクエア見学の後、車で、すぐ近くのナトリウム取扱研修施設に移動。歩いても、すぐのところです。
ナトリウム燃焼実験設備。高校生の実験に良さそうな設備です。ナトリウムは燃焼すると酸化ナトリウムになり、この蒸気を吸い込むと、肺がただれ、非常に危険です。
実験設備は、酸化ナトリウムが漏れないようになっている。
同じ部屋で、見学者は金属ナトリウムカットする体験ができます。でも、水に入れる実験はできないようです。金属ナトリウムのかけらを水に入れると、火を噴いて面白いのだけれど。
ナトリウム取り扱い研修施設。
ナトリウム火災消火研修施設。
ナトリウムは、水をかけると発火するので、水で消火することはできない。ナトリウムが燃焼した煙は、非常に危険なので、消火には、特殊な訓練が必要だ。
消火は、燃焼しているナトリウムを、特殊消化剤で覆い、酸素を遮断する。冷却配管が大破断して、ナトリウム漏れを起こしたときのように、大量のナトリウムがある場合は、ここでの訓練はあまり役に立たないだろう。
このほか、制御棒(ボロン化合物)を入れる模型やなどを見学。もし、制御棒が入らなくなったら、原子炉は暴走するのだろうか、自然に停止するのだろうか。
このあと、発電所内の、もんじゅ展望台へ。
ゲートを越えると、トンネルがあって、発電所はその先だ。道路から、テロリストが侵入するのは困難だろうが、山を越えれば、困難なく進入できるように感じたが、どうだろう。
ここから先は、原子力発電所内なので、撮影禁止。
「もんじゅ」の隣は白木海岸。花崗岩質の美しい浜です。
「もんじゅ」が大事故を起こしたら、このあたりは、壊滅かな。
ふげん
こちらは、廃炉になった新型転換炉「ふげん」。
写真の、右側にある白い円筒が「ふげん」、それ以外は日本原子力発電発電所。
「もんじゅ」とは、2〜3km程度と、近い距離にあるが、直接行く道がないので、車で30分以上かかる。
日本原子力発電発電所の近く港に、放射性廃棄物の運搬船が停泊していた。放射性廃棄物は、青森県六ヶ所村にある日本原燃の低レベル放射性廃棄物埋設センター
に運搬されるようだ。
青森県六ヶ所村の日本原燃の施設
ここには、低レベル放射性物質埋設センター、高レベル放射性廃棄物貯蔵センター、再処理工場、ウラン濃縮工場などが集中している。
ここに運ばれた、低レベル放射性廃棄物は、埋設処分される。低レベルとはいえ、青森県六ヶ所村は、永久に、放射能汚染される。少しばかりの金をもらって、故郷を汚染させてしまった。また、ここに運ばれた、高レベル放射性廃棄物は、当分のあいだ、貯蔵されるが、その後、どうなるのか決まっていない。
パンフレットとボールペン
「もんじゅ」は動力炉核燃料開発事業団(動燃)の事業として始められたが、動燃の相次ぐ事故や事故隠しが発覚したため、核燃料サイクル開発機構に改組された。その後、日本原子力研究所と統合し、独立行政法人・日本原子力研究開発機構に再編された。
エムシースクエアでは、「もんじゅ」のパンフレットと、日本原子力研究開発機構のパンフレット、それから、ボールペンをもらった。
(この画像はクリックしても拡大しません)
日本原子力研究開発機構のトップは、鈴木篤之先生。
写真は、パンフレットのコピー。
福島原発事故では、斑目春樹・現原子力安全委員会委員長が批判の矢面に立たされているが、現在のずさんな安全基準をつくり、放置してきたことは、前の原子力安全委員会委員長を勤めた、鈴木篤之先生の責任が非常に大きい。
「原発の安全性を強化すべし」との意見を、ことごとくつぶして、電力会社や関係者の利益を図ってきた張本人が、鈴木篤之先生だ。鈴木先生が「もんじゅ」のトップ、何かとても恐ろしいことが起こるような、いやな予感がする。
(鈴木先生には、お世話になったことがあるので、あまり批判的なことは書きたくないので、このくらいにします。)
高速増殖炉「もんじゅ」臨界記念切手
1994年5月24日、「もんじゅ」臨界を記念して80円切手が発行された。
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