最終更新 2016/5/6


放射線量および関係する用語の説明

原子爆弾の開発


原発事故後の福島 (2011年5月)
 
福島原発事故から1ヵ月半あまりたった、2011年5月上旬。


原発事故後の福島 (2011年10月)  前編ー川俣町・飯舘村
原発事故後の福島 (2011年10月)  後編ー浪江町・葛尾村・他
 
福島原発事故から6ヵ月半あまりたった、2011年10月上旬に、再び福島県へ。


原発事故後の福島 (2012年5月) 前編−川内村・葛尾村
原発事故後の福島 (2012年5月) 前編−浪江町
原発事故後の福島 (2012年5月) 前編−飯舘村
 福島原発事故から1年あまりたった、2012年5月中旬。


原発事故後の福島 (2012年10月) 楢葉町
原発事故後の福島 (2012年10月) 福島第二原発とJヴィレッジ
 福島原発事故から1年半あまりたった、2012年10月中旬。


福島原発事故 2年後
 2013年4月1日から、立ち入り制限規制が変わった。国道6号は浪江町には入れるが、国道以外の側道には入れない。浪江町津島は、立ち入り禁止になった。富岡町は、立ち入れる場所が広がった。大熊町にも立ち入り可能場所が出来た。


福島原発事故 2年半 福島第一原発が見える
 福島県富岡町の麓山の頂上付近から、福島第一原発が見えた。


福島原発事故 3年後
 飯舘村蕨平は、長泥や、浪江町津島と同じ程度に、高濃度汚染された。他の地域は、帰還宅困難地域に指定され、立ち入りはできないが、蕨平のみ、居住制限区域のため、立ち入り可能になっている。


福島原発事故 4年後
 常磐自動車道が開通し、国道6号も通行できるようになった。空間放射線濃度が高いところもあるが、南北の物流も回復し、復興に弾みがつくだろう。帰還困難地域を除いて、除染も進んでいる。一方で、除染残土は溜まり続け、残土袋の劣化も進んでいる。


福島原発事故 5年
 2016年4月1日から浪江町の放射線量が低い地域の立ち入り制限が緩和された。放射能汚染はほとんどないのに、復興は手付かず。




高速増殖炉「もんじゅ」見学 (2011年6月)


人形峠 ウラン坑道跡 見学(2013年11月)
 


東京電力 柏崎・刈羽原子力発電所サービスホール
 
東電、唯一のPR施設


島根県 島根原発
 日本で唯一、県庁所在地の市に原発がある


防潮壁の浜岡原発


原発の町 福井県敦賀市・大飯町


福井の原発とPR館   関西電力美浜原発・日本原子力発電発電所


宮城県 女川原発


青森県六ヶ所村 日本原燃


青森県 東通原発


大間原発建設現場


北海道 泊原発PR館


四国電力 伊方原発 ビジターズハウス



一般公害

足尾銅山の鉱毒捨て場『簀子橋堆積場』−その1

足尾銅山の鉱毒捨て場『簀子橋堆積場』−その2

足尾銅山の鉱毒捨て場『簀子橋堆積場』−その3

 簀子橋堆積場は足尾銅山の選鉱・製錬工程で発生する鉱滓を沈殿させる施設。言い換えると、鉱毒を貯めておく所。通洞の町の上部にあるため、万一決壊すれば、通洞は決定的な被害を受けるだろう。

足尾銅山の鉱毒跡『松木渓谷』



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