伊能忠敬の墓

 測量、地図作成

 墓所:東京都台東区東上野6-18 五台山 源空寺(浄土宗)  
     伊能忠敬の墓は高橋至時、高橋景保の墓のそばにある。


 
 伊能忠敬は商家の養子で、酒造、金融、水運など手広くかかわっていた。また、若い時から数術が好きで、暦算、天文も心掛けていた。隠居後、高橋至時のもとで、6年間昼夜勉学に努め、暦学や測量術を修めた。1800年(寛政12年)伊能忠敬56歳の時に奥州から蝦夷地を測量した。測量の目的の一つに、緯度と距離の関係から地球の大きさを測ることがあった。測量は、函館から北海道南岸沿いに、釧路・厚岸を通り別海町本別海西別川河口付近に達した。
 蝦夷地測量後も、全国各地を測量して地図を作製した。

 源空寺の墓地は、お寺の道を挟んだ向かい側にある。墓地の入り口に、伊能忠敬の墓があることを示す標識が建てられているのでわかりやすい。

伊能忠敬の墓所 台東区教育委員会の解説板


伊能忠敬の墓
東河伊能先生之墓
墓石には漢文がびっしり




 源空寺は上野駅または稲荷町駅から歩いて10分ぐらい。

源空寺本堂 墓地は道の向こう側


源空寺墓地は道路の反対側にあります。

墓地入り口
伊能忠敬と高橋至時の墓の標識
墓地のお薫は阿弥陀如来座像


源空寺の墓地に入って右側すぐのところに高橋景保の墓がある。この隣には谷文晁の墓や幡随院長兵衛の墓があり、その先に高橋至時の墓と伊能忠敬の墓がある。

谷文晁の墓 幡随院長兵衛の墓



最終更新 2019.11


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