領土問題参考書

歴史でたどる領土問題の真実 中韓露にどこまで言えるのか 保阪正康/著 (朝日新書 2011/8/10)



 昨年は、中国漁船が尖閣周辺海域で逮捕されたり、メドベージェフ大統領がクナシリ島を訪問するなど、領土問題への関心が高まる事態が相次いだ。このため、領土問題関連の図書の出版が続いている。本書もそうした本のひとつで、歴史小説等を手がけるノンフィクション作家による執筆。日本に領土問題が生じた経緯、北方領土問題、竹島問題、尖閣問題について、書かれている。
 特に、右よりでも、左よりでもなく、中立的な立場での記述であるが、領土問題の解説よりも、著者の日本の領土に対する思いが感じられる。このため、ノンフィクション作家の歴史小説あるいは領土問題に対する感想として読むならば、十分な内容かもしれないが、領土問題を正確に理解したい者にとっては、不十分な内容だ。

 P42,P43にカイロ宣言の眼目として、カイロ宣言の条文「日本国ハ又暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取シタル他ノー切ノ地城ヨリ駆逐セラルベシ」に対して、太平洋戦争後に日本が獲得した地域を指しているのだろうとしているが、著者の感想としてならばともかく、カイロ宣言の解説としては不十分だ。宣言には「太平洋戦争後」とは書かれていないので、太平洋戦争後に限定して解釈するならば、そのように解釈した根拠が必要となる。
 北方領土問題に対しても、誤った記述・不十分な記述が多い。
 P139に「ルーズベルトは千島列島もまた樺太の南半分と同様に日露戦争によって日本が獲得したと誤解していた」と根拠も示さず書いている。ヤルタ協定第2条の趣旨は日露戦争によって獲得した樺太南部となっているが、第3条で千島列島は無条件にソ連に引き渡されるものとしている。このように、歴史的いきさつに対して、ヤルタ協定の文書では、明白に区別されているので、ルーズベルトが個人的にどのような理解だったかはともかく、ヤルタ協定では、歴史的経緯に誤解はない。著者はヤルタ協定を読んでいるのだろうか、疑問だ。
 P146,P147の「アメリカとしては択捉島か国後島にアメリカの基地をつくりたいと要求した」との記述も誤りだ。連合軍一般指令作成過程での受け持ち地域に関するトルーマンとスターリンのやりとりは、日本語の翻訳が出版されており、それをみると、トルーマンは「千島列島の中央のグループの一つに航空基地の権利」を要求したのであって、著者が書くように国後・択捉に基地を要求したのではない。
 P148「本来日本軍は8月15日以降は武装解除の方針であり、戦ってはならないというのが大本営の意思でもあった」の記述もいただけない。エムティ出版より、大本営命令(大陸命・大陸指)の内容が出版されている。これを見ると、8月15日の大本営命令は「各軍は現任務を続行、但し積極進攻作戦を中止する」となっている、8月16日になっても「即時戦闘行動を停止する、但し止むを得ざる自衛の為の戦闘行動は之を妨けず」と著者の言うように「武装解除」や「戦ってはならない」とはされていない。大本営が内地の陸軍に対して即時停戦命令をしたのは8月19日、支那派遣軍以外の外地軍に対して即時停戦命令をしたのは8月22日だった。

 以上のように、本書には、不十分な記述があるが、ノンフィクション作家の歴史小説あるいは領土問題に対する感想として読むならば、あるいは、日本の領土問題の概要を知るために読むならば、十分に価値のある本である。


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