北方領土問題参考書



『黒船前夜 ロシア・アイヌ・日本の三国志 』 渡辺京二/著(2010.2) 洋泉社




日露関係は日本の開国に一定の役割を果たしているので、日本開国にとって重要であるが、まとまって書かれた本は少ない。この本は、幕末の日露関係史のうち、ハンペンゴロウの警告からコローニンの事件までを詳述している。参考文献も随所に記載されており、この分野の研究の手助けとなる好適な書となっている。

ただし、記述に気になった点がいくつかある。それは、「日本人は悪くなかった」と主張する点と、「日本の北辺は外国とは意識されていなかった」と主張する点に関してであるが、もちろん、このように著者が思っていて、そのような視点で記述することは問題ない。しかし、著者の主張のために史実あるいは事実がゆがめられた記述が散見される。一例を挙げる。

P280に以下の記述がある。

林蔵が幕府の海外渡航の禁をまったく意識していないことに私たちは驚く。また、幕府も彼がこの禁令を犯したと考えた形跡がない。つまり、山丹地方はまだ国家の存在せぬ未開の領域であり、渡航が禁じられた諸国のひとつではないとみなされたのだろう。林蔵と同行したギリヤークはデレンで蝦夷錦なる満州官服などを入手し、それがアイヌの手を経て松前へもたらされるのである。このいわゆる山丹交易の全貌を明らかにするための探索行として、林蔵の実質的な海外渡航はやむをえぬ必要を認められたというべきか。


 著者は『林蔵が幕府の海外渡航の禁をまったく意識していない』と書いているが、著者も参考文献に掲載している間宮林蔵の東韃地方紀行には、『デレンへ行くことは国禁の恐れがあるが、探検せずに帰国した場合は再見を命ぜられる恐れもあると思い、入貢に同行した(東洋文庫484 平凡社版 P123)』との記述があり、林蔵は幕府の海外渡航の禁を意識していなかったとの記述は、事実ではなく、著者の言うように『山丹地方はまだ国家の存在せぬ未開の領域であり、渡航が禁じられた諸国のひとつではないとみなされたのだろう』との主張は根拠薄弱である。


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