北方領土問題参考書



史料検証 日本の領土 百瀬孝/著 伊藤隆/監修 河出書房新社 (2010/8/25)



 幕末から戦後まで、日本の領土問題関連の条約等の公文書を記載し、それに対して簡単な解説をしている。領土問題を原典から理解するためには便利な書籍。ただし、領土問題の解説書としては、解説文が少ないので、それほどこの問題に詳しくない人がいきなりこの本を読んでも、誤解の恐れもあり、領土問題の正しい理解は難しいかもしれない。
 この本の解説は、基本的に、日本側の文書なので、日本の領土認識である。現在、日本政府は現政権に都合の良いように説明されているが、この本は歴史的文書の解説であるために、必ずしも現在の日本の領土主張の解説にはなっていない。

 著者の力量だろうか、解説には疑問もある。
 日本の韓国併合に対して、自由意志による条約締結でないので無効であるとの見解があるが、これに対して、条約締結国家が必ずしも対等でない場合が多いことを持って、無効との見解を否定している(P120)。ちょっと、ひどすぎる説明だ。たとえば、条約交渉担当者をピストルで脅して、調印を強要した場合など、調印者の自由意思を束縛した場合、条約締結は無効だが、敗戦による領土の割譲など、国家間の対等性は必要としていない。韓国併合が無効であるとの主張は、条約締結時に伊藤博文が脅迫したと説明されているので、この本の説明は、無効説に対する解説になっていない。

 北方領土問題に関連した解説にも賛成しかねる記述が多い。P172に、「ソ連はこれ(ヤルタ協定)を唯一の根拠として、千島列島占拠の正当性を主張し続ける」と書いている。これは、ソ連・ロシアの主張をまったく研究していない証拠だろう。
 ロシアの主張の一例として、サハリン州のパンフレットがある。主張の正当性の可否はともかくとして、ヤルタ協定を唯一の根拠としているわけではないことが容易に分かるだろう。
 http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/RussiaKunashir/Sakhalin.htm

   P174の解説には、これがまともな学者の文章だろうかと、疑いたくなる。樺太千島交換条約の文言を根拠に、クナシリ・エトロフは日本が放棄した千島列島に含まれないとの主張があるが、これに対して、条約正文であるフランス語文をみると、このような主張は成り立たないとの主張が、和田春樹の論文などに記載されている。これに対して、本書では「しかし和仏辞典によると諸島を groupe d'iles というので・・・」と和仏辞典の訳語を根拠に、和田春樹らの説を批判している。そもそも、外国語の翻訳というのは、辞書を調べて、記載されている単語をそのまま書けば、常に正しい翻訳になるというものではなくて、文章を理解して、内容に沿った翻訳をする必要があることぐらい、中学生のとき英語の授業で習っただろう。大学の先生ならば、周りにフランス語ができる人はいるだろうに。

 P172,P174の記述の疑問点を書いたついでに、P176の記述についても書こう。「ソ連はカイロ・ポツダム宣言の文言を詳細に心得ていれば・・・対日参戦なしに南樺太を労せずに取り返すことが可能だったのである」とのことであるが、ソ連が対日参戦した理由は、テヘラン会談の合意に従ったためである。もっとも、これは表向きの理由で、実際には、戦後の世界戦略に基づくものだろう。本書の記述は、このような歴史的事実を考慮することなく、単に領土要求しか考えていない狭隘な解説になっている。

 以上、本書の解説には、必ずしも、適切であるとは思えない点が、多々あることを指摘した。領土問題の解説書としてではなく、関連する日本側文書の資料集としてみるならば、有用な本であることに違いない。


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