北方領土問題参考書



村山常男/著 シベリアに逝きし46300名を刻む


 著者は膨大な資料を分析し、シベリア抑留死者46300の氏名、死亡場所などを特定し、インターネットに公開している。
http://yokuryu.huu.cc/

 シベリア抑留死者数には諸説あるが、著者が特定した46300人を大きく上回ることは無いだろう。これまで言われてきた死者数のうち、数十万人説は、冷戦期にアメリカが謀略宣伝として日本政府に言わせた数値であり事実と異なる。また、10数万程度の数値は、重複する死亡者名簿の人数を単純に加えた杜撰カウントの結果である。
 著者はこのようないい加減な数値を出すことではなく、一人一人、丹念に名簿を照合し、名簿に記載された死者46300名を特定した。
 本書は、死者46300名を特定する作業が、どのように行われたのかを明らかにするもの。

 シベリア抑留されたものは、名簿が作られ、その名簿に従って管理された。ロシアはこのような公文書を保管しているため、残された文書によって、シベリア抑留死者数を正確に知ることが出来る。ただし、終戦直後は、抑留者が膨大に上り、名簿作成が追いつかなかったため、この時期に死亡した者は名簿から漏れている可能性がある。現在、ロシア政府が把握している名簿はすべて日本に送られているので、今後、新たな名簿が発見されるとしても、少人数だろう。

 著者自身シベリア抑留経験者である。このため、著者は、シベリア抑留の不条理を激しく非難する。1956年、日本とソ連は条約を締結し、相互に請求権を放棄したため、シベリア抑留被害をロシアに請求することは出来ない。著者は、この点に関して、日本政府を非難している。著者の気持ちは分からないではないが、戦争終結の時に相互に請求を放棄するのは、普通のことなので、もう少し冷静な判断をしてほしい。

 著者は抑留中に病気になり、病院でレントゲン検査を含む検査・治療・看護を受けたことを、カルテをもとに明らかにしている。当時、ソ連は物不足で、レントゲンは高価だったと推定されるので、抑留者に対する手厚い待遇には驚かされる。おそらく、抑留者であっても、自国民と同じように医療サービスを受けられたのだろう。


 本書にも記載され、ネットにも公開されているグラフに「シベリア抑留死亡者数の年月別推移のグラフ」がある。
http://yokuryu.huu.cc/graph.html
 これを見ると、死亡者の70%が抑留1年以内に死亡していることが分かる。なぜ1年以内に死亡が突出しているのか、本書では触れられていない。

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