北方領土問題参考書
名越健郎/著『北方領土はなぜ還ってこないのか-安倍・プーチン日露外交の誤算』海竜社 (2019/10)
1956年の日ソ共同宣言以降、日本の北方領土要求は四島一括返還論に固執していた。橋本内閣の時に、一括にはこだわらないと方針転換がされたが、四島返還論自体には変更がなかった。安倍内閣では、これに大きな変更が加えられ、事実上の二島返還に変わった。また、安倍内閣以前は、領土問題の解決が経済関係の進展に先んじなくてはならないとの方針(入口論)だったが、安倍内閣では、逆に、経済関係の深化が領土問題の解決につながるとの方針(出口論)に変わった。
本書の第1章では、安倍内閣が二島返還に踏み切り、出口論に方針転換した経緯を記す。さらに、一時は領土問題が解決する期待が高まったのに、プーチンの強硬姿勢で解決が遠ざかったと説明している。
第2章は、ロシアの領土問題に対する、あるいは交渉全般に対する態度の説明。
第3章は、主に色丹島を取り上げて、北方領土島民の多くが日本への返還に反対であることを記す。
第4章では、ソ連崩壊期に領土問題が解決した可能性が高いと指摘している。歴史の過去に対して「たら・れば」はいくらでもいうことができるので、こういう議論は一般に役に立たない。
昨今の領土問題の交渉過程や、ロシアの状況を知るうえで本書は有益である。
しかし、本書の記述には理解できない点がある。
本書では「領土問題」と「経済協力あるいは経済支援」との観点で書かれているが、ロシアが求めているのは経済協力や経済支援ではなくて、経済関係の発展である。日本が領土問題に固執している間に、中国・韓国はロシアとの経済関係を発展させた。安倍外交は総論ではロシアとの経済関係を発展させることを約束したが、具体的な施策が伴っておらず、これでは、領土問題の解決にはつながらない。
また、プーチン政権は、これまでロシアの領土であったことを日本が認める事を求めているが、本書では、これをロシアの強硬姿勢であるかのように書いている。しかし、これは当たり前のことで、正当なロシアの領土であったことを日本が認めない限り、返還はあり得ない。例えば、色丹島で殺人を犯し、服役中のロシア人がいたとする。色丹島が返還されたら、彼は無罪放免か、このまま懲役か、日本が捜査や裁判をやり直すのか。常識的に考えて、このまま懲役以外にないけれど、そのためには、色丹島がロシアの正当な統治下にあったことを、日本が認めなくてはならない。民事も同じことで、ロシアの施政を正当なものと、日本が認めない限り、混乱なく日本に引き渡しすることは不可能だ。北方領土がロシアの正当な領土であることを日本が認めない中で返還を求めるならば、返還後に刑事や民事などあらゆる分野で混乱を生じさせない具体策を提示しなくてはならないのに、日本はそれをなしえていないのだから、返還交渉が頓挫することは当然である。
最終更新 2022.2