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福地源一郎(ふくちげんいちろう)の墓  (福地桜痴)

 文久遣欧使節の一員、ロシアとの国境線確定交渉に関与

 墓所:東京都台東区谷中7丁目 谷中霊園 甲一号十二側 

 長崎生まれ。長崎で蘭学を学んだあと、江戸で森山多吉郎に英語を学ぶ。外国奉行配下の通詞となる。
 文久遣欧使節に参加。さらに、慶応元年のイギリス・フランスで横須賀製鉄所創設のための技師雇用・機械買付け使節に参加した。
 維新後は岩倉使節団の一等書記官としてアメリカ・ヨーロッパ各国を訪問。その後は主にジャーナリスト・文筆家として活動した。

福地源一郎墓は台東区史跡に指定されている。 

墓所は少し広い 福地源一郎の墓標 台東区教育委員会の看板


最終更新 2019.5


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