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栗本鋤雲(くりもとじょうん)の墓


奥医師、箱館奉行、勘定奉行、外国奉行

墓所:東京都文京区大塚五丁目2-7 善心寺


 奥医師を務めていた時に蒸気船試乗に応募すると、このことを咎められ箱館に左遷された。箱館で医学所を開設した(現、市立函館病院)。文久2年、箱館奉行組頭に任じられ、樺太や南千島を巡視した。
 パリ万国博覧会では徳川昭武の補佐として、フランスに渡っている。明治以降はジャーナリストとして活動した。

 善心寺は大塚の先儒墓所に近い。栗本鋤雲の墓は本堂の裏、すぐのところにあるので、見つけやすい。

栗本鋤雲の墓
戒名:顕理院殿鋤雲日達大居士
栗本鋤雲の墓と栗本家の墓

善心寺 山門 栗本鋤雲の墓は本堂裏手すぐ
階段の上です

最終更新 2019.5


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