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桑田立斎の墓

 蘭方医。東蝦夷地・クナシリ島でアイヌに強制種痘を実施。
 
 墓所:東京都台東区橋場1-4-7 帰命山 保元寺(浄土宗)

 桑田立斎は江戸の蘭方医。新潟県新発田藩士・村松喜右衛門の次男として生まれ、人痘法で種痘を行っていた医師・桑田玄真の養子となる。
 安政4年、幕府の求めに応じて、深瀬洋春とともに、蝦夷地でアイヌに対して強制種痘を実施した。
 深瀬洋春は西蝦夷地を担当した。桑田立斎は東蝦夷地を担当しクナシリ島まで種痘を実施した。立斎と助手たちが実施した種痘は6400人に登った。箱館奉行・村垣範正は、東蝦夷地のアイヌに種痘を実施するのは抵抗があって困難だろうから、立斎にも西蝦夷地での実施を推奨したが、立斎の兄がクナシリ島に在住していたため、彼に会うためにクナシリ島に渡ることを希望して、東蝦夷地での実施を選択した。
 特定の地域での大規模強制種痘はこれが世界初のことである。
  
 翌年には深瀬洋春が斜里および樺太で、井上立長が千島で種痘を実施した。この年の3月には、箱館近郊の諸村からも実施の請願があったので、田沢春堂に命じて巡回種痘を行った。


参考書
 桑田忠親/著『蘭方医桑田立斎の生涯』(1985)中公文庫
 
蝦夷地の種痘について以下の資料に記載がある。
 函館市史 デジタル版 通説第1巻第3編第5章第13節−1 衛生

最終更新 2019.7


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