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岡部長常(おかべながつね)の墓  岡部駿河守

 長崎奉行。稲佐にロシア人相手の売春宿を作り、女性器検査の実施を決定。

 墓所:東京都中野区上高田4丁目9-3 大雄山普照院 境妙寺 (天台宗) 先の墓地

 長崎奉行・外国奉行・大目付・神奈川奉行・軍艦奉行。
 長崎奉行時代(1857〜1861)、ロシア人海軍軍人相手の売春場所を長崎・稲佐に作ることになった。日本は既にあった遊郭の遊女を派遣することを考えたが、 当時の遊女は梅毒に罹患したものが多かったため、ロシア海将ビリレフは遊女たちに梅毒検査を実施することを要求した。長崎奉行・岡部長常は長崎に在住していた医師・松本良順に諮問し、遊女の梅毒検査実施を決めた。検査は、女性を椅子に座らせて、性器を開き罹患がないかを検査するものだった。
 当時、遊女たちは梅毒罹患者が多かったため、ロシア人相手には地元の娘たちが売春に応じることが多かったようだ。



 境妙寺の一帯は寺が集まっている。墓地は道を隔てた反対側の少し離れた処に広がる。この墓地は、付近一帯の共同墓地になっているようで、境妙寺墓地がどれだか良く分からない。岡部長常の墓はマンション群に近いところにあり、境妙寺からは少し遠い。上高田公園の方ではなくて、金剛寺檀信徒駐車場に近い。
 このように、岡部の墓はいくつかの寺の墓が混在しているところにあるので、岡部の墓が境妙寺なのか一見したところ分からない。
 岡部家の墓は古い3つの墓石が並んでいる。墓石の側面・裏面に院号と没年月日がびっしり記載されている。中央墓石の裏面に「清心院殿 慶応二年十二月一日」とあるので、これが岡部長常だ。

墓はマンション群に近いところにある 岡部家の墓は古い3つの墓石が並んでいる。 中央の墓石裏 
清心院殿 慶応二年十二月一日


 境妙寺は天台宗の寺院。となりには、新見正興の墓がある願成寺がある。境妙寺の墓地は、本堂の場所とは違って、道路の反対側。

境妙寺本堂 墓地入り口には寺の名前が付けられているが中はつながっている

いろいろな寺の墓地入り口を示す指導標




最終更新 2019.7


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