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杉浦梅潭(すぎうらばいたん)の墓 (杉浦誠)

 旗本、最後の箱館奉行、開拓使判官

 墓所:東京都杉並区和田一丁目44-24 萬昌山 長延寺(曹洞宗)

 慶応2年、箱館奉行に任命され、函館に赴任した。当時、樺太は日本とロシアの雑居地となっていたため、両国の間でいざこざが起こっていた。杉浦梅潭はこの解決に尽力する。
 慶応4年、朝廷側の清水谷公考に奉行所を明け渡し、江戸にもどった。
 明治2年、外務省に採用され、開拓使権判官・開拓使判官として、明治10年に退官するまで、北海道で勤務した。

 長延寺は女子美術大学の近く。この寺は、以前は市ヶ谷にあって、明治42年に現在地に移転した。
 長延寺の門を入って左奥に墓地がある。この墓地はそれほど広くない。杉浦家之墓は墓地の中央付近で、他の墓に比べて広く、門や扉を備えているのですぐにわかる。

門や門扉を備えた広い墓所
杉浦家之墓の墓石は新しい

墓石には「杉浦誠」とあるが、「梅潭」とはどこにも書かれていない


長延寺の門札 
禅曹洞宗とあるが、曹洞宗のことのようです
長延寺本堂


最終更新 2019.7


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