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時任為基(ときとうためもと)の墓

 薩摩藩士、樺太千島交換条約締結日本側理事官、函館県令

 墓所:東京都品川区北品川四丁目11-8 東海寺大山墓地
 


 明治初期、函館地方の上級官僚。函館市時任町は時任為基にちなんでいる。
 明治4年東京府の地方役人になり、5年7月には開拓使の役人に転任した。明治15年(1882年)には、函館県令に就任し、函館県が廃止されると、函館支庁長を務める等、明治20年に宮崎県知事となるまで、函館の発展に尽力した。
 明治20年宮崎県知事に就任し、その後は、高知県知事、静岡県知事、愛知県知事、大阪府知事、宮城県知事を歴任した。晩年には貴族院議員を務めている。

 1875年9月、千島樺太交換条約締結に際し理事官としてサンクトペテルブルクへ出張した。翌年、千島を視察した帰りにエトロフ島から「大日本地名アトイヤ」の国標を持ち帰った。

 東海寺は北品川三丁目11-9、臨済宗大徳寺派の寺で山号は万松山。東海寺大山墓地は旧境内にある墓地で、現在の東海寺とは場所が異なる。
 東海寺大山墓地に入るとすぐに沢庵の墓がある。時任為基の墓はもう少し先に行ったところ。大きな墓所なので分かりやすい。
  

時任為基の墓 正面 時任為基の墓 側面 時任為基の墓所には一族の墓石がいくつもある

時任為基の墓所 東海寺大山墓地の案内 沢庵の墓

東海寺大山墓地近くには品川硝子の碑 東海寺 梵鐘と本堂
東海寺大山墓地はここではない


最終更新 2019.7


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