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服部貞勝の墓

 「ゴローニン事件」を解決した松前奉行

 墓所:東京都世田谷区赤堤三丁目28-29 西福寺 


 服部貞勝は江戸時代後期の旗本。松前奉行、勘定奉行などを務めた。松前奉行就任の翌年、1813年(文化10年)9月、「ゴローニン事件」を解決した。

 真言宗豊山派西福寺は服部頼母増祐による開基。
 本堂左側に服部伊賀守顕彰碑が建てられている。墓地に入るとすぐに「服部氏貞徳公墓」がある。服部貞勝の父の墓だと思う。この墓の隣の墓標はコケがびっしりついていて、誰のものだか分らなかった。服部家一族の墓は、もっと奥まったところにある。

服部貞勝(伊賀守)
顕彰碑
本堂左側
服部家の墓所
奥の真ん中あたり
服部氏貞徳公墓
服部貞徳は貞勝の父
墓地に入ってすぐ

山門 本堂

最終更新 2019.5


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