領土問題参考書

草原和博 他/編・著『”国境・国土・領土”教育の論点争点』明治図書 (2014.8)


  

 
 現在話題の日本の国境問題に矮小化することなく、領土や国境についてどのように教えるのか、社会科教師が考えてゆく上での情報・視点を提供するもの。小学校・中学校の社会化授業を対象にしている。本書は、教育者のために書かれたものであるが、日本の領土問題をどのように考えるべきであるかという根本的なところを視野の中心に据えているので、教育者以外にとっても、たいへん参考になる内容になっている。
 
 本書は「戦前の日本における領土教育はどのようなものだったか」「諸外国の領土教育はどのようになされているか」「日本の領土教育はどのようになされているか」「領土教育のヒント」にたいして、教育学者20数名による論文をまとめたもの。
 
 戦前の日本の領土には、内地のほかに外地や関東州があって、同じ領土と言っても、それぞれ意味合いが違っていたので、これらを教えることに主眼が置かれていた。戦後になると外地や関東州を失い、内地のみとなったため、戦前・戦後の領土教育は目的が違っていた(P37-P44)。
 諸外国を見ると、欧米では、政府の定めたスタンダードを教えることよりも、教師独自の努力が多いため、統一的に領土教育を説明することは一般に困難だが、本書では、代表的な例を取り上げて、特徴を説明している。アメリカは領土拡大の歴史がそのまま国土の範囲なので、領土の歴史に主眼が置かれる(P73)。イギリスでは、UKとイングランドの違いなど、領土そのものの定義が人により異なるので、多様な価値観を教えることになる(P82-P83)。
  
 現在の、日本の領土教育では、日本の領土が歴史的に変動するものであることにはあまり触れずに、いきなり「日本の固有の領土」の単語を持ち出し、子供たちに理解しやすい内容というよりも、日本政府の正当性を教えることに主眼が置かれる内容になっている(P47)。
 
 本書の後半では、優れた授業作りを目的として、いくつかの実践の紹介や、授業作りの参考になる考察が提供されている。
 P132〜P139に掲載されている後藤賢次郎氏の論文は、日本の領土(国境)教育の実践例であるが、@教科書に従って日本の国境問題を紹介するもの A生徒に材料を提供して日本の立場の正当性を認識させるもの Bいろいろな立場を紹介して判断を留保するもの の3通りの学習が紹介されている。年少者への教育は、正解を教えるものなのだけれど、領土問題のように、正解がないものは、どう扱えばいいのだろう。日本のように、国土教育を国境教育に矮小化するのではなくて、もっと、幅広い知見が持てるような教育が良いのではないかと感じた。
 
 P173〜P180に掲載されている藤瀬泰司氏の論文は、授業づくりのヒントとして、西牟田靖/著「ニッポンの国境」を紹介して、「旅」を使った領土教育を提唱している。領土係争地への渡航方法を知るだけでも、現在の問題が、ある程度客観的に理解できるだろう。日本の国境問題を教える場合、日本政府の主張を教え込むのではなくて、客観的な現実を理解させた方が、教育効果が上がるのではないかと思う。
  
ところで、本書の主題とは直接関係ないかもしれないが、台湾の領有権に関して、興味の持てる記述があった。1903年(明治36年)の第一期国定歴史教科書には次のように書かれており、台湾征伐の時(明治7年)には、台湾は清国の領土だったと教えていたそうだ(P38)。
 台湾征伐のことおこれり。これよりさき、わが民の、漂流して台湾にいたれるもの、蕃人のために害せられたることありき。この時、台湾は清国の領地なりしに、清国は、蕃人を化外の民なりとして、少しもこれを顧みざりしかば、佐賀の乱平らぎて後、政府は、西郷従道を将として、台湾の蕃人を伐たしめたり。しかるに、清国はにはかに、異議をとなへしかば、ついに、談判の末、償金を出さしめて、兵を収めたり。



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